randonneuseのブログ

フランス在住、40歳を過ぎて再び山に目覚めた元ワンゲル部員。週末になるといそいそと山に出かけています。

子供たちと1泊でエクラン中部へ(昨年初夏・その2)

お天気がとっても悪い今週末はせっかく久々の土日休みだというのに山に行けません。気持ちのいい季節に思いを馳せつつ、昨年5月半ばに子供たちと1泊で出掛けたエクラン国立公園の中部、ヴァルゴダマール地方でのハイキング記を書いています。


その1では、道を間違え、修正しようにも正しい道が見つからなくて困り果てたところまで書きました。1時間くらい正しい道を探してウロウロしたのですが、どこにもそんなものは見えません。地図にも載っているコースなのでもう少しはっきりした道だと思ってたのですが・・・
ハイキング後しばらくして、ネットで調べたり人に聞いたりして分かったことには「地図に載ってるコースとはいえ、真夏のシーズン以外はあまり人が来ない」「ザレ場の部分が多く、雪が融けた後は前シーズンに歩いたハイキング客によって作られた道の跡は雪の重みによってかき消されてしまっていることも多々ある」
確かにこの日は連休中だというのに、朝から晩までひたすら歩いてほとんど誰とも出会いませんでした。駐車場から30分くらいのまだ森の中を歩いている時に出会った地元のおじいちゃんはこう言ってました。「えっ?レ・ポルト村経由でベランヌ峠?あ~それ、途中から道なくなるよ」それを聞いても「はっ?地図に載ってるのにそんなわけないでしょっ」と特に気にしていませんでしたが、ほんとその通りでした_| ̄|○
その後、これもまだ森を出るか出ないかというときに若い男女3、4人のグループに出会いましたが、そのあとは誰ともすれ違いませんでした。


 

ああ・・・こんなに美しい景色の中にいるのにわたし達は迷っている・・・


疲れ果てている次男


お兄ちゃんが迎えに行きます。


励ましつつ歩かせます。


もう道が全然見えないので長男とふたりでコンパス、地図と地形を見比べつつ、これだという方向に登っていきます。そうしたら峠っぽいところの直前でなーんとなく道っぽいところに交わりました。やった!!しかし、その道にしても言われてみれば道に見えないこともない、程度のもので遠くからは全く見える代物ではありません。雪融け以降まだあまり誰も歩いていないみたいで、ケルンは全くありませんでした。
そして、このザレ場についてその晩泊った民宿のご主人によれば「2012年に滑落死した人があった」後でネットで見たのは「ここを下るのはとっても危険。上りで通るように」(;゚Д゚))
はい、確かに傾斜がかなりあってズルズルと滑るので立ってるだけでもやっと、歩くのが本当に大変でした。しかもわたし達急いでるしね・・・2度ほど滑ってコケて手を擦りむきました。地図に載ってる道がこんなに危険な場所というのは後にも先にもなかったことです。
地図に付いた血痕が思い出がわりです👇


地図ついでにこの日のコースを。👇 血まみれの地図です(~_~;)


さて、この恐怖のベランヌ峠ですが、もうひとつびっくりなことが。ハイキングのサイトで山歩きする人たちが意見を交換するフォーラムを後日見てて知ったのですが「公式地図上のベランヌ峠の位置が、実際の位置より1センチくらい間違っている」らしい・・・
( ゚Д゚)頼むで、地図!!


峠らしきところを超えたら・・・看板がありました。わたし達が探していたベランヌ峠(2450m)でした。必死でたどり着いたので、方向探しに参加した長男は嬉しそうです。いつもわたしに付いてくるだけ、または先を歩くにしてもはっきり道と分かる道を行くだけだったので。写真に付いてる情報によればこの時18時04分。朝8時過ぎに歩き始めて実に10時間が経っています。
そしてこの次に向かうのが、というか探すのがぺタレル峠。看板には右って書いてるんですが右も広すぎて、どっちに行ったらいいのかまるで分からない・・しかも右方面はガスで視界がほとんどないのです、この写真以上に。
この峠からいきなり雪は太ももくらいまであります。さすがは北壁・・・
適当に進んで行っても別の峠らしきものはありません。というかさらに何も見えなくなり、5分ほど進んだあたりで次男が泣き出しました。「ここで死にたくない~~」
長男「お母さん!僕たち、遭難してるんと違うん?足が冷たい~~凍傷になる~~救助のヘリコプター呼んで~」
みんな疲れがMAXに達していました。いつも優しい長男が本気で怒っています。「お母さんは何でもできるって思ってるかもしれんけど、世の中できないこともある」むむむ、確かに一理ある・・・
いや、それもそうだけどここは一家の主べく皆を落ち着かせなければならない~!!
「あのね、5分前には自分たちどこにいたか分かってる場合は遭難したって言わないの。まだ日が暮れるまで3時間あるし、誰かが捻挫や骨折してるわけでもない。そんなんでいちいちヘリコプター呼ばないの!お母さんがもう一回じっくりコンパスと地図で方向探すから。それで次の峠見つからなかったら、ヘリコプター呼んであげるから!」
で、落ち着いてこれだという方向に進むと(一歩一歩雪に太ももまで足が埋まるので歩くの大変でした)、靄の中から峠っぽいところが見えてきました。(´▽`) ホッ 


ふたつ目の峠、ぺタレル峠から。いきなりガスが晴れています。結局ガスってたのはふたつの峠の間だけでした。
眼下には湖が見えます。2300mくらいの地点にあるスベラス湖です。


ここら辺、わたしはザクザクズボズボと走り下りましたが(なんせ急いでいるので)、子供たちは上着に座ってそりで下りてきました。


そのさらに下にあるのがこの日の最終目的地、ぺタレル湖群です。


谷の向かいにあるのは左がピック・デ・スーフル(3091m)と右がピック・チュルバ(3028m)。この時、あの向かいの山に登りたい・・・と思って実現したのが8月初めに登ったピック・チュルバです。👇 


ピック・チュルバの右隣、雲に隠れているのは名峰・オラン(3564m)。向かいの3つの山のうちハイキングで登れるのはピック・チュルバだけで、他のふたつはアルピニスト向けです。


この辺りの標高は2090mくらい。かなり下りてきたので雪はほとんどなく湖もほぼ完全に融けています。


先ほど下りてきた峠方面を振り返って。
さて、この写真の情報を見ると19時22分となっています。5月半ばはまだ山小屋は開いてないので近くの村の民宿を予約していました。19時までに来てくださいと言われていたのですがもうとっくに過ぎています。そして連絡するにも電話は全然つながらない
(;´Д`) 結局このあと10分ほど下りた辺りでようやく電話がつながりました。「すみません、行程を甘く見ていました。まだ下りるのに1時間以上はかかります」と言うと「分かりました、気を付けて下りてきてください」


森の中を3人小走りで下りていきます。これまた結構遠くて全く休まずに半分走って下りても2時間近くかかりました。なんせ1000m下りなければならなかったので当然と言えば当然です。朝に車を停めたレ・ザンドリユー村(1043m)に戻ってきたのは出発から13時間後の21時15分。かなり日の暮れるのが遅い5月ですが、ほぼ真っ暗になりつつありました。


…おっ、わたしが車を停めてる村の入り口の小さな駐車場に3、4人おじさんが集まって話しています。何だろ、こんな時間に?
何と、彼らなかなか下山してこないわたし達を心配してわたしの車の前に集まっていたのです!朝、車を停めたときに道を挟んだ向かいの家の庭に出ていたおじいさんと話をしました。早い時間に森の中で会って少し話したおじいさんもいます。小さな村では全員がコネクトしているんですね。「あと30分待って下りてこなかったら警察に連絡しよう、と話してたところ」と言われました。…いや~ご心配おかけして申し訳ありません・・・隣村の民宿を予約している、と言うとひとりのおじさんが「そこは数年前まで僕が経営してた食料品店&民宿だから、今の経営者もよく知ってるよ。案内するから僕の車に付いてきなさい」・・・村と村間もコネクトしてますね~


車で5分ほどで民宿に到着。民宿は朝ごはんだけで夜は付いていない代わりにキッチンを使えるという形だったので、自宅から持ってきた食料で簡単な晩ごはんを作り、みんなで食べましたが、わたしに限っていうとあまりに疲れすぎていて逆に食欲があまりありませんでした。
夜、子供たちに言われました。「もう僕たちすごく疲れてて明日はハイキング行かないから。朝寝して部屋でごろごろしとくから、お母さんハイキング行くならひとりで行ってきてよ」いつもならそんな勝手は許されないのですが、彼らがそういうのも当然です。今日1日で1900m登ったんですから(元々の予定1700mプラス間違えた分、200mくらい余分に)…しかも、特に精神的にキツかったと思います。迷ったり雪が多すぎたり、視界がなくなったり、と。
わたしもかなり疲れてて、寝る前には「明日はハイキングせずに朝遅くまでゆっくり寝た後、村の近くでもプラプラしようかな」と思ったくらいです。


しかし、朝起きるとすごくいい天気~💓民宿の庭👆


爆睡中の長男抜きで起きてきた次男と朝ごはん。


美しいお山がすぐそこに迫っているラ・シャペル・アン・ヴァルゴダマール村。
しかもこんないいお天気で・・ごろごろしていられるわけがありません!


はい、今日もまた遅くなりました💦 といっても0時はまだ早い方です。。その3・最終回は明日書きますね!